ヴァルナ国際バレエコンクールの紹介

2012年7月15日から30日にかけて、ブルガリアで2年に一度の「ヴァルナ国際バレエコンクール」が開催されます。

日本ではまだ知名度の低いこのコンクールについて、ヴァルナ、モスクワ、ジャクソンの世界3大バレエコンクールを始めとした様々なバレエコンクールで審査員をされ、今年のヴァルナ国際バレエコンクールのVIPゲストである日本バレエ協会会長の薄井憲二先生からお話を伺いました。
バレエコンクールにはどのように望めば良いかなどの疑問にお答え頂きました。

  • 【Q1】
    ヴァルナ国際バレエコンクールはどのようなコンクールですか?また、他の世界のバレエコンクールについて教えてください。
  • 【A.1】
    「ヴァルナ国際バレエコンクール」はバレエの人なら皆さん知っていますが、それがどこにあるのか知らない人もいるでしょう。実はブルガリアの黒海の沿岸にあり、リゾートです。最近はロシア人の観光客が増えて、モスクワからヴァルナへの飛行機は満員ですが、私が最初に行った頃は海と太陽しかなかった。
    私の知る限りではヴァルナでコンクールを始めようと考えたのは、モスクワで音楽の指揮を勉強した人です。大指揮者でない限り、指揮者というのは仕事がたくさんあるわけではない。音楽のコンクールは当時もありましたし、海と太陽しかないような環境に野外劇場があったから、それで思いついたのではないかな。リゾートのアトラクションですよ。

    最初の頃の参加者はほとんどが共産圏からでした。建前はオープンですから、いわゆる自由の国からの参加者もいましたが賞には入りませんでしたね。世界の唯一のバレエコンクールでしたから、審査員の顔ぶれはとても立派でした。 入賞者の中にはすごいダンサーがたくさんいます。初めの頃こそ共産圏の人ばかりでしたが、エヴァ・エフドキモワが最初の共産圏以外の金メダリストになり、日本人では深川秀夫さん、森下洋子さん…。

    ヴァルナは最も歴史が古いバレエコンクールとされていますが、戦争で立消えになってしまいましたが、実は1932年にパリで最初のバレエコンクールが開催されました。これは場所を変えてしばらく続きました。でも第二次世界大戦の後、バレエコンクールをはじめたのはヴァルナが最初ですね。次にモスクワでコンクールが始まり(1969年~)、その後がアメリカのジャクソン(ミシシッピー州)(1979年~)です。

    ジャクソン国際バレエコンクールは世界で一番しっかり組織されたコンクールだと思います。終わるとすぐに次の(4年後開催の)コンクールの準備を始めます。 ジャクソンの空港にはコンクール関係者専用のデスクがあり、必ず迎えが出ています。
    ボランティアのホストファミリーが一人一家族ついていて、用を務めてくれる。お金持ちのホストファミリーだと自家用機で近くの観光地を案内してくれることもあるんですよ(笑)。温かい南部にあり、退職後に移り住むような街ですが、ボランティアの方たちはコンクールに関わることをとても誇りに思っていて、その4年に一度を楽しみます。どこのコンクールでも3ラウンド制で落としていくわけだけど、ジャクソンは失格後も残っていてもいい。そしてフィナーレでは受賞者の公演の後に、落ちた出場者が集まって一曲踊ります。また、コンクール期間中には地方のバレエ団が公演をする日もある。その地域だけでなく、全米に貢献しています。

    一方、ヴァルナは最初に開催されたバレエコンクールという歴史がありますが、野外劇場だから施設は使いにくい。雨が降ったら体育館に移ったり、延期になったりします。(緯度が高いヨーロッパでは夏の間は日が長く、野外劇場の周りが明るいので)コンクールは夜の9時から始まります。リハーサルは1時や2時になることもあります。
  • 【Q2】
    ヴァルナ国際バレエコンクールではエントリーにあたって予備審査などは行われているのですか?
  • 【A.2】
    エントリーは先着順ですが、ヴァルナでは入賞するまでに、ソロなら最低異なる8曲を踊れることを求められます。日本のコンクールは1曲しか踊らなくていいことが多いですから、海外のコンクールへの参加が減りましたね。
  • 【Q3】
    ヴァルナ国際バレエコンクールの日本人で最初の入賞者として、現在振付家としてご活躍をされている深川秀夫先生がいらっしゃいます。入賞するためには振付の才能(センス)も必要なのですか?
  • 【A.3】
    いいえ。入賞されたのは純粋に技術が素晴らしかったから。その後、深川さんは長い間ヨーロッパで踊り、バレエに対するセンスが磨かれました。クラシックバレエの構成を少し変え、演出を加えて、新しいステップのつなぎを試みることにセンスがあります。元々踊りのセンスはあったでしょうがそれだけで入賞できたのではなく、その後の活躍によって素晴らしいセンスが養われたと思います。
  • 【Q4】
    コンテンポラリー作品はどのような位置づけですか?
  • 【A.4】
    まず国によってコンテンポラリーのとらえ方が違います。極端に言えばクラシック以外を全てコンテンポラリーととらえる国もあります。
    日本人で国際コンクールに出場する人はコンテンポラリーがなければいいと思っているでしょうね(笑)。このようなコンクールへの出場者はシニアやバレエ団で踊っている方が多いですが、それでも出場のためには作品を探さないといけません。コンテンポラリーはお金を払って人に作ってもらわなければならないことがある。
    でも自作歓迎なんですよ。自作奨励賞があることもあります。
    ヴァルナでは現在、2ラウンドと決勝では異なるコンテンポラリーを踊らなくてはいけません。以前は同じものを二回踊っていましたが、クラシックのように時の洗練を受けていないのでコンテンポラリーの中には審査員が2度見たくないようなものもあって…(笑)。私が審査員の頃も同じものを見たくないという要望が多くありましたので、だから二曲になったのでしょうね。

    また、コンクールによって性格が異なり、例えばジャクソンだとコンテンポラリーは重要視されるけど、ヴァルナではクラシックがよければコンテンポラリーが多少つまらなくても残されることもあります。
  • 【Q5】
    野外劇場なので天候によっては会場を移したり、開催時間が夜の間であったり…。そんな、ヴァルナ国際バレエコンクールに出場するダンサーに特別に必要ものはありますか?
  • 【A.5】
    どこでもあまり変わりません。コンクールでは課題曲があるけれど、それでも昔から決まっている踊りの中に自分の個性をどれだけ出せるかということが重要ですね。ただ技術的に上手なだけでなく個性がなければだめです。そして技術を磨く。どんな状況でも完璧に踊れるよう心構えをしておくということです。
  • 【Q6】
    個性が大事とのことですが、クラシックバレエでは曲も足の角度や体の向きも厳しく決められています。個性とは、どういうことですか?
  • 【A.6】
    音楽があるからできることです。ピアノと同じです。ただスポーツのように技術をつなげるのではなく、心が踊って体が歌わないと難しい。体も普通に踊るのではなく、自分の個性をどこかに活かせるようにした方がいい。 例えば、トウシューズのコツコツという音を立てることはしてはいけないとされて、今は進歩した音がたたないトウシューズもありますが、必要と感じた部分にはあえて音をたてることもあるしょうし、音楽もただ等間隔に拍を刻むのではないでしょうね。
    個性が大事というのは日本のコンクールでも同じです。
  • 【Q7】
    コンクールには、どんどん参加したほうがいいのですか?
  • 【A.7】
    コンクールだけがバレエじゃないので、コンクールはバレエの供給する形の一部分と思ってやるのはいいと思います。ただし、日本は幼い人にコンクールの参加を奨励する傾向があって、それはあまり望ましくないと思っています。小さいうちから難しいものを踊って賞を取るより、もっと基本を重視するべきです。海外では小4(9歳)くらいでバレエ学校の1年生になり、それから足を開くのと伸ばすことだけに3年間を費やす。8年生になるくらいまで、特別な踊りは習いません。8年間基礎だけを習いますが、そのかわり8年たったら主役でもできる技術を養うということです。
    日本でも13歳くらいからコンクールに出るならば、まずそれまでの間に基礎をしっかりやることです。小さいうちに難しいことができるようになってしまうと教育を受けるのが面白くなくなるのではないでしょうか。
  • 【Q8】
    コンクールに出る方に向けたメッセージは?
  • 【A.8】
    体が歌うように、いい音楽をたくさん聞きなさい。
    普段ガンガンガンガンってロックばかり聞いていると、体は歌わないでしょう。皆さんがやっているのは古典の踊りなのだから、ほとんど同じ発展の筋道を辿ってきたオペラもきくといい。バレエなのだから、スポーツ(運動能力)の部分だけをめざしても面白くないでしょう。
    確かに今は男性のバレエは八割がスポーツです。スポーツは重要だけど、でもスポーツの部分だけではだめです。スポーツの部分だけを目指すと、審査員には趣味が悪いと思われるでしょう。どのくらいスポーツ以外の部分の完成度があるかが問われます。
    だからいい音楽をたくさん聞いてください。古典文学も読んで、頭と心を豊かにしてください。
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